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| 収穫斜面からの朝焼け |
今回農作業をさせてもらうのは、下末(したすえ)農園さん。下末さんご兄弟が営まれています。大長の中でも南向きの広大な斜面を所有する農園さん。我々が収穫するのは石地(いしじ)という種類の蜜柑です。石地は酸味と甘味がバランスよく、濃い味で大きさも手ごろなとてもおいしい蜜柑です。大長蜜柑の中でも人気の作物だとか。例年11月半ばから下旬にかけて収穫する品種。下末農園ではその他に 通常の温州蜜柑、デコポン、レモンその他の品種を栽培されていて、2月頃まで収穫が続くのです。
5時起床の村
この時期まだ暗い(広島地方の日の出は6:48)5:00きっかりに、村中に聞こえるような大音量で起床を促す放送が響き渡ります。村人全員が飛び起きるにちがいありません。いやもっと早く起きている人は当然たくさんいるでしょうが。我々も起床です。合宿所で、前夜にセットして無事炊けたごはんとインスタント味噌汁とその他適宜おかずで手早く朝食。準備を整えレンタカーに乗りこみ蜜柑畑に向け出発。とにかく狭い路地のコーナーをギリギリな感じでソロソロとくねり走り出します。大長の村落に入っても軽自動車がすれ違えない、民家の軒先が連なるような細い路地を対向車が来ないことを祈りつつ抜けて進みます。途中からグングン急坂になるところを軽自動車に鞭をいれつつ、行けーと叫びながらアクセルを踏み踏み、エンジンをうならせ現場に到着。7:00作業開始です。昇ってきた遥か下界の町を見ていると朝焼けが綺麗でした。
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| 4人を乗せて頑張った軽自動車 |
収穫場所は当然ながらさらなる急斜面。まじで40度以上の角度でしょうか。昇り降りや荷運びがどうなることやらと思っていましたが、凄い武器がありました。モノラックといって、小規模なモノレールです。細いレールの上をアプト式(つまり、歯車)で登坂する貨客運搬装置です。ゴルフ場で乗客用に特化したモノラックに乗られた方もいるでしょうか。素晴らしい戦力です。しかしこれほどの急勾配の乗り物は初めてですし前後ばかりでなく左右にも転げ落ちないか不安でしたが、杞憂でした。小さなガソリンエンジンで歯車をカミカミして重量物を物ともせず急登、急降します。下末さんに「さあ乗ってください。危ないから腰を落として」と言われ乗り込むとほんとに小さなエンジンがうなりをあげてスタート。グングン斜面を登り景色が見る間に変わっていくと頂上に到着。さあ作業開始です。
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| モノラックに乗り込んだSさんとMさん。急斜面を後ろ向きに昇ります。農作業頭巾を被ってSさんはご機嫌。防風防寒用に薄い合羽を着ます。汚れ防止にもなりますが、蜜柑の枝にやられ二日間でぼろぼろになりました。 |
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| 斜面の上から。下の道からモノラックで上がってきました。 |
蜜柑ハサミ
蜜柑は、ぶら下がっている身をハサミで切って収穫します。蒂を残してはいけません。蔕が出ていると、箱詰めされいろんな方向を向いた蜜柑が隣の蜜柑を傷つけてしまうからです。蒂を極限まで小さくして収穫する。木から取るときに一回で蔕を小さくするように切れば良いですが、我々は慣れないので、一度切ってから蒂を整えます。それほど難しい作業ではありませんでした。今回は果実がちょうど熟した時期だったので、果実の熟成度を見極めることなく全部収穫が基本ですしたから。不作の蜜柑もほぼ無く、片っ端から取っていくという作業です。
蜜柑の木はあまり高くありません。おそらく手の届く高さに制限しているのでしょう。斜面を段々に均し、全部の木に陽が当たるように植えてあります。各段々は石垣で擁壁を作ってあります。高低差は1mくらいでしょうか。横に長い石垣をこれだけの段数積み上げるのは大変な作業だったことでしょう。下末さんのご先祖様が作られたとか。どれほどの労力がかかったのか。ご先祖様に本当に感謝していると下末さんはおっしゃっていました。但し、石垣の石は他から運んでくることはなく、掘れば出たとのことでしたが。
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| 蜜柑の木はあまり大きくありません。一番高いところの果実も脚立を使うことなく収穫できます。斜面でのバランスをとることと、多少の木登りができれば収穫はできます。 |
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| たくさん成った蜜柑 |
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| 軽トラックにいっぱい取れました。午前中の作業での収穫。頑張ったー。 |
10時や3時の休憩では水分補給のために剥いて蜜柑をいただきます。甘くておいしい。いくつも食べられます。また昼食には持参したお握りを食べ、頑張って16:00までの作業です。
柑橘系の植物は、全てカラタチの木に接ぎ木をして作るとか。カラタチは鋭い棘を持った恐ろしい木ですね。蜜柑に変身した木は、ほとんど棘はありませんでしたが、なんとなく棘の気配はありました。
かつて、蜜柑はとても高価に売れたらしいです。昔は石炭を入れる木箱に蜜柑を入れて山から降ろしたのですが、蜜柑は石炭と同じ単価で売れたとか。ですから大長の路地に並んでいた蜜柑農家のお家はどれも立派で、みなさん裕福な生活をされていたそうです。しかし、モノラックも車も無い時代、その石炭箱を担いでひたすら山を往復したのでしょう。箱を3箱担げないと男じゃないと言われたと。女性でも蜜柑収穫の籠を6籠も担いで斜面を横移動したりと凄い体力をお持ちだったのですね。小生は危ないから2籠担いで横移動してました。
現代では蜜柑は安くなってしまいました。スーパーなどでの単価を見ると安くてありがたいですが、ちょっと悲しいですね。各農家の方々はやはり事業承継に悩まれていて、下末農園も現状では後継ぎがいないそうです。
こうして、我々の2日間の作業は短くも終了しました。3日目は午前の作業予定でしたが、前夜に雨が降り、そうすると斜面での作業はできないので中止になりました。
下末さんお世話になりありがとうございました。
下末さんお世話になりありがとうございました。





















































