2013年7月16日火曜日

灼熱のWalking      蒲田から鶯谷での宴会(?)へ

7月13日土曜日

今年の梅雨明けは例年より早く、早くも関東地方の一部では最高気温39度以上が連発している頃、無謀にも長距離歩行が企画され、その一部に参加しました。
大田区京急蒲田から、台東区稲荷町(銭湯めざし)まで歩き、17:00に開店する鶯谷の居酒屋になだれ込もうという企画です。

蒲田から日本橋までは、ほぼ東海道に沿って北上することになります。旧道は一部にしか残っていませんが、そこここに街道の名残は多く、とても興味深い道です。
参加者は歩きは男子3名。夕方からの飲み会だけの参加は更に女子2名+男子2名。
歩きの部の主催者は、朝から横浜を出発し、蒲田まで約20㎞をこなしてからの参加。
もう1名は豊島区巣鴨からなんと蒲田までランニングして来るという暴挙に出ました。

集合は京急蒲田12:00。すぐに昼食を取り、稲荷町の銭湯を目指します。つまり1日の一番暑い時間を歩いて過ごそうというものです。というか夕方の飲み会集合時間からの逆算なのですが。競技ではないので、このような時間配分が採用されました。果たして到着できるのだろうか。

京急蒲田から鈴ヶ森へ


蒲田は小生の地元でもあります。小生の自宅は、蒲田から多摩川線で3つ目の下丸子にありますが、個人的に地元意識の高い場所であります。
京急蒲田駅は京急本線と空港線が分岐するターミナルで、すぐ横を国道15号が走ります。その国道を、昔は羽田線が踏切でよぎっていました。更に300m南に国道15号と環状8号の交差点があり、京急本線も環8を踏切でふさいでいたという交通の難所だった場所ですが、近年大幅な変更工事が各所で施されました。まるで都市土木工事の展覧会です。京急の駅を立体化させ、羽田線の踏切を無くす。環8と15号を立体交差にする。京急本線と環8の踏切も立体交差で無くす。これだけを狭い京急の軌道幅上を使って行った結果、京急は遥か6階建ての建物と同じくらいの高さを走ることになり、景色が大きく変わった町です。それにともなって地元商店街も再開発されて綺麗になりつつあります。羽田空港から飛行機を利用する人が飛躍的に日常的に増えて、その玄関口の街としての役割がとても増えたのです。でも、住んでいる人たちの風情は変わっていないのですが。
蒲田の紹介が長くなりましたが、ここから国道15号線沿いに歩道を一路北へ、鈴ヶ森方面へ歩いていきます。東海道に沿って北上ということです。また、ここは箱根駅伝の1区の終盤と、10区の入りの場所ですね。
道は車優先の幹線道路であり、面白くはありません。歩道は広いのですが、ものすごい数の自転車が歩道をかなりのスピードで走り、マナーの悪さは、やはり蒲田であるとの自覚を持たないと身が危険です。とはいえ、道沿いにいくつか神社等があり、それを眺めていくのは楽しいです。やはり旧東海道沿いを拡幅しつつできた道なので、そのような名残は生きています。東海道でいえばまだ江戸を出たばかり。神社等が多くあるのもうなずけます。

建直された大田区総合体育館。石本建築事務所の設計。


画像を借りてきました。アリーナ自体は地中に埋まっている形ですね。


京急蒲田から少し北上したところ。京急線が積層的に立体となってきている。

道の向こうに小さい神社の祠

平和島駅を過ぎたところにある大森神社

平和島から国道に合流する大きな道

東海七福神の案内。ここは磐井神社。弁財天だとか。大森海岸駅の少し南。うっそうとした立派な境内です。


磐井神社のご神木。なんと!イチョウとシイとケヤキが合体している?!見応えあります。

磐井神社の正面。ほぼ真東を向いています。



鈴ヶ森から八つ山橋へ



いやー。。暑い。薄曇りなので日差しは少し少ないとはいえ、一日でも一番暑い時間に差し掛かってきました。コンビニがあると、水を買いがてら涼をとりつつ、なかなか安定して前に進めません。
ちなみに、この日の東京の最高気温は13時に、34.2℃。でもこれは百葉箱の中ですからね。炎天下はそれ以上だと思われます。
行きかう車は多いし、めげてきましたが、鈴ヶ森から唐突に始まる旧東海道へと入ることにします。
様相は一変します。旧道は地形にあわせ絶妙なカーブを描き進んでいきます。緑が多く、古くからの街並みを彷彿とさせるような建てこんだ区割りが続きます。この道の東側は江戸時代はほとんど波打ち際だったはずです。道から東側は急に坂で降りていく路地がおおく、その向こうは砂浜だったのだと想像できます。東海道は、海の道という意味なのです。北品川までほぼ4km。楽しい道が続きます。

鈴ヶ森刑場の跡地。火炙りや磔の心棒を刺していた孔のあいた石などが展示(?)されています。存分にご鑑賞ください。横には分譲墓地ありますが、なかなか罪人が葬られている場所の横を好んで買わないかもしれないなー。写真の右側が旧東海道です。

古い建物が散見されます。この道は南に向かって一方通行。自転車道も整備され、緩やかなカーブが続き、各段に歩きやすいです。緑も多くほっとします。


いろいろ説明があります。

蕎麦屋「吉田屋」さん。老舗です。
http://www.geocities.jp/yoshidaya44/index.html



青物横丁あたり。このあたりから基本的に商店街が続いていく。


今回は寄り道は無し。今度神社仏閣を一件ずつ見てみたい。


青物横丁あたり


ガリガリ君「梨」を齧りつつ、暑さを凌ぐ。

畳屋さん。老舗です。

神社仏閣は引き続き多し。ここはお寺さん。

由緒正しき小学校の門柱。通う小学生も誇り高くなりそう。

目黒川を渡る。品川橋。

赤い橋の向こうに、荏原神社を望む。

都内は、海抜標記が進んできましたね。


品川宿本陣跡。本陣の門柱は松の木で隠れてよく読めない。

北品川商店街。電線は地中に埋められており、空が広い。街灯と電柱がコラボされて変圧器が高いところにとりついています。頭でっかちで、あまり良いデザインとは思えないが、電線が無いので良しとしましょうか。

ここは、東海七福神の不動明王だとか。

履物屋さん。旅の始まりには必須でありましょう。老舗です。

北品川商店街は、京急の踏切で唐突に終わります。
ところで、何故、品川駅の南にあるのに、北品川なのか?品川駅は実は港区に有り、本来の品川とは少々外れた場所にあるのです。ここ北品川は、品川区の一番北であります。品川駅の命名に少々無理があったのですね。




八ッ山橋から金杉橋へ

http://www.mapion.co.jp/m/route/35.6528123460724_139.75903696446184_9/aid=6f7b40/

旧道歩きはここまで。ここからは幹線道路を線路沿いに北上します。それでも歴史を感じさせる痕跡はそこここにあります。

八ッ山橋の橋柱。美しい。

高欄のデザインは、アールデコ調。この橋は、もともと跨線橋なのであろうか。


港区にある品川駅に坂を登って向かいます。

品川駅を過ぎてイチョウ並木が続きます。木陰でほっとします。



高輪の大木戸門跡に来ました。碑の正面が国道を向いているのだが、前面を生垣が覆い、ほとんどふさがれているのに等しい。もうちょっと敬ってほしい。

国道の歩道を堰き止めてこの石垣があるのは、インパクトがある。拡幅工事とかに常に邪魔になってきたのであろうが、貴重な歴史遺産です。ここから江戸市中に入る。

すぐに、札の辻の交差点。歩道橋上から、海岸方面から来る車列を見る。

札の辻から、東京タワーを望む。やはり東京タワーは良いな。

自転車道が塗られていたが、狭すぎてあまりに怖そうである。走っている自転車はいなかった。

元薩摩屋敷(三菱自動車本社敷地)の碑

金杉橋から須田町へ 

http://www.mapion.co.jp/m/route/35.69342566579081_139.77519264024974_8/?env=0000&dist=jJr467zD0850jJu663zDp070jJP566zDP364jK5806zE4846jKk045zEh954jKB115zEJ361jKE584zEQ435jKp046zFv167jKq209zFy238jKo977zFy546

田町を過ぎて、大きく左にカーブして、引き続き国道15号を北上します。


新橋のガードまで来ました。

完成間近のマッカーサー道路。東京にもまだこれほどの新しい都市インフラがはめ込まれるとは感動します。外堀道路へ至る方向を見ます。

反対側には日比谷神社の祠が。もともと日比谷公園の中の大塚山に鎮座されていたものを遷宮されました。

マッカーサー道路は鉄道をくぐり、汐留から築地方面へ向かいます。

銀座の入口あたりまで来ました。

銀座中央通。土曜日も歩行者天国なのですね。新しいデザインのビルがまだまだ建っていきます。

銀座4丁目和光。


ホテル西洋は閉館となりました。ホスピタリティでは高い評価を受けていたようですね。建物のデザインはどうかな。

八重洲中央口の延長線の交差点を超えます。DICビルも解体か。。

日本橋交差点。メリルリンチビル。東京マラソンではここを直角に曲がります。

日本橋遠景。首都高速しか見えませんね。

日本橋の北の袂。東京市道路元標という威厳ある標があります。

そのまま三越前を過ぎて、神田方面へ。耐震補強を施して外壁をガラスのカーテンウォールで化粧したビルが面白く、撮りました。

神田駅通過。
須田町の交差点まで来ましたが、唐突ながら本日の歩行はここまでで、打ち止めました。
このまま歩いて銭湯に行ってとなると、居酒屋の開店に間に合わない時間になり、Taxiにて銭湯へ向かうことといたしました。
後は以下のようなお楽しみの時間となりました。
Taxiではそのまま北上し、秋葉原界隈に突入しましたが、車窓から見ると、ちょうど何かのイベントでもあったのか、オタク人種と思われるような男ばっかりの、ものすごい人ごみ!秋葉原の街の端から端まで数百メーターも続いていたでしょうか。とても歩けるようなスペースは歩道上にはなさそうでした。歩行をあきらめてよかった。。東京はいろんなことがあります!
ということで、灼熱のWalkingは、あえなく17.3kmで終わりました。以上です。

銭湯は、上野「燕湯」になりました。朝湯で有名ですね。壁画は富山から見る立山。最近書き換えられたようです。熱くて気持ちのいいお湯でした!

夕方の鶯谷駅に集合。南口は上野の山と同じレベルの高台に駅舎があります。

根岸の鍵屋に来ました。名店!風呂上がりでさっぱり。

団扇をもらって、夜は更けました。




2013年7月4日木曜日

山手線沿いWalking その2




続きです。
代々木駅の辺りでは、なぜかちゃんぽん屋に落ち着くことになり、メンバー思い思いに大盛りやら中盛などと格闘していると、ここから合流する男子が仕事を終えて到着。皆リフレッシュしたところで、歩きの再開です。

新宿駅へ


新宿へ向けて歩くと、ほどなくこの日2回目の踏切に遭遇。ここは小田急線の新宿駅を出たところ。しかし踏切は渡らず、歩道から階段を上ってペデストリアンデッキの上を歩いていくともうそこは新宿南口。このあたりも近年随分と街並みが変わり整備されたところ。予備校の街代々木から、猥雑なる大都会新宿に突入です。

甲州街道に面した新宿駅南口。多くの大規模な商業施設や専門店がが立ち並ぶ。西口や東口とは街並みや歩いている人も違うイメージ。工事中でした。
ここで、東京の地形図に山手線を重ね合わせた図があるので、貼ってみます。

山手線の北半球は、淀橋台~豊島台~本郷台と台地を貫通して走っています。台地と台地の間は河川、線路はそれを橋で跨ぎます。

次に断面図です。新宿~東京にかけて。新宿から新大久保あたりの軌道が最も標高の高いところを走っています。そういえば、西武線新宿駅を遥かに見下ろすあたりは軌道としてはとても高いです。その台地は田端で果て、東側は主に京浜東北線と供に低地を進みます。目白や、巣鴨のあたりは地盤面より軌道が低いですが、線路を敷くため台地を開削したのかと思われます。




東京から、代々木間の断面図です。五反田から台地が始まります。


新大久保駅へ


新宿駅を南北に通過するだけで、本日一番人とすれ違ったでしょうか。大ガードを右に見て小滝橋通りを北上。カオスです。北新宿百人町を右折、総武線のガードをくぐって、山手線沿いに細い道を北上します。コリアタウンのはずれ。不思議と住宅街です。山手線の内側の小路はコリアの商業施設でむせ返るようですが、この辺りは少し閑静です。そして何故か楽器屋(ギターとか)が数件軒を連ねる。各種学校も多いからか。

新大久保駅前:あらさー以上?のあらゆる年代の女性同士が待合せる。これから韓流に向け、思い思いに繰り出していきます。

高田馬場駅へ


新大久保から線路の外側で一番近い路地を北へ、この路地も韓流。途中に怪しげな寿司屋を見る。東京グローブ座から超高層住宅棟の立ち並ぶエリアを通り、線路際へ。この辺りは歴史的には日雇人夫を募るなかなかワイルドな地域だったのだが、取澄ました住宅地となった。

何故彫塑?

高田馬場戸山口 

目白駅へ


高田馬場から飲み屋街を北上。神田川を渡ります。馬場のカオスもやはり半端じゃない。飲食風俗の混在から、各種学校の乱立(何を教えているのだろうか)を過ぎると、不思議と製薬会社の集積地でもある。それも、新目白通りを渡って坂道を上りだすと、めっきり目白の色になってくる。線路の向こう側は、学習院大学の台地。目白駅のホームを見ながら歩くと、道はつきあたり、目白通りへは趣のある階段を登って行く。

神田川の流れ。河川敷がまったくないのでよく溢れていたが、近年は下水道が整備されそれも稀なことになった。

明るい目白駅。高田馬場と池袋に挟まれた駅が何故この品格を保っているのか。駅前の広場は近年整備されたようだ。

池袋駅へ


目白通りを渡り、線路沿いの道を北上。ここからしばらく線路は眼下を走り、台地を開削して線路を敷設したのではと思われる。我々が進む道は目白住宅街の外れの道であるが、立ち並ぶ飲食や服飾系の店舗も、オーガニックだったり一癖ハイソな味付けがされている。西武池袋線のガードをくぐり、西池袋に入ってくると、もう池袋の気配が濃厚。細い住宅街を縫うように歩いていくと、池袋の駅ビルに行き当たる。

ここは西口

大塚駅へ


池袋の猥雑ぶりももちろん屈指のものです。北口の地下道を通って、山手線の内側に入ります。昼からいろいろな商売やっているなと、きょろきょろしたり、ラーメン屋の行列をよぎったりしながら行くと、豊島区役所前を通ります。行政府がこのような立地なのだと感心しつつ、このあたりが一番道が難しい。春日通りから線路沿いの方へ回り込んで行きました。

大塚駅手前の高台から、真正面にスカイツリーの遠景が望めました。

大塚駅は駅ビルとともに工事中。

北口側

都電の大塚駅

都電です。やはりかわいい。

巣鴨駅へ


都電を渡り、坂を登って行きます。途中免震装置を外に見せている建物を見ました。銀色にちらっと見えているのが、緩衝材としての積層ゴムです。坂を登って線路を見下ろしつつ歩くと間もなく白山通りを超えて巣鴨駅。この内側の千石あたりには、最後の将軍徳川慶喜が駿府に移住する前に一時屋敷を構えていたとか。
ここで、また男子メンバーを補充します。

写真中央の筒が潰れたようなものが、積層ゴム。免震装置をあたかも意匠のように見せているのは、珍しいなと。

本日一番細い路地の坂道を登って行きます。
巣鴨駅。白山通りが広く、空が広がります。



駒込駅へ


http://www.mapion.co.jp/m/route/35.73253470943591_139.74928974237733_10/aid=f001b9/

巣鴨からは単純に線路沿いの高台の道を西へ。このあたりも台地を開削した線路敷と思われます。線路の反対側は大和郷から六義園という高級住宅街です。線路の外側の道沿いにも大きな邸宅が続き、表札は「松平」となっていましたから、やはり徳川と縁の深い土地なのでしょう。
高台の道沿いには桜並木が生い茂っていました。染井吉野の本場ですから。残念なことに何本かは切り倒された切り株になっていました。
本郷通りを超えると駒込駅です。駅に向かって左側には染井吉野公園があります。


本郷通り沿いの改札口
こちらは西口。この方が、駒込らしい気がします。女子校の利用駅でもあります。

田端駅へ


駒込には何故か囲碁、将棋の道具屋が散見されました。将棋の駒にかけて、産業が興っていたのでしょうか。何気ない住宅地を歩いていくと(だいぶ疲れても来ています)坂を登り、田端高台通りに出ます。線路はその先で大きく右にカーブを切り、台地からズボッと飛び出るように低地に走りこんでいきます。高台通りは田端文士村とかで、レトロな商店街です。駅前の高層ビルの坂を駆け下りていくと田端駅です。


西日暮里駅へ


田端駅舎を見てから取って返し、階段を登って再び高台通りへ、南西に進みます。ここは田端台とか道灌山とかいうのでしょうか。日暮里崖線の縁です。とても高低差のある遥か下の方に線路が走り、我々の歩く道はとても見晴らしが良いです。見える線路は山手線、京浜東北線、常磐線、東北線、それぞれの新幹線、京成線等々鉄系の人にはたまらない景色かと。右手の開成高校の山を下って行くと西日暮里駅です。




日暮里駅へ


西日暮里から、商店街を通り、京成線と常磐線の錯綜する踏切を超えると、もうすぐ日暮里駅。本日の終点であります。舎人ライナーが遥か高いホームにみえ、高層住宅が林立する街となりました。駅前広場には、太田道灌が弓弾く像がこじんまりと置かれていました。ちょっと行くと、繊維街の看板。一大繊維問屋の集積地です。
銭湯に入り、旨い居酒屋で喉をうるおし、楽しい一日は更けたのでした。

舎人ライナーの駅舎




日暮里駅から行ける、玉の湯。壁画は赤富士。風情のある良き銭湯でした。お湯は下町にしては熱さが控えめ。夏になってきたから少し優しくしてくれているのか?

名店「鳥のぶ」酒の肴良し、酒良し。
以上山手線沿いWalking 3/4弱周でした。