2013年8月17日土曜日

八ヶ岳、蓼科 絶景!の山歩き

2013年8月10日~11日に、自宅から気軽に行ける奥蓼科温泉を起点に少々山を歩いてきました。連れは配偶者。
天気に恵まれ、予想していなかった絶景を満喫できたのでした。

白駒池から、高見石へ


蓼科から佐久穂市へ山越えをする国道299号(メルヘン街道)に麦草峠があります。八ヶ岳はいくつもの山頂を持った連峰の総称ですが、そのピークとピークの間が峠になっているのです。標高2,127m 日本の国道では、渋峠につぐ2番目の標高です。
峠の程近い場所に、白駒池入り口の駐車場があり、観光用、登山用として利用されています。
ここから、歩いてみることにしました。


これは道端に車を停めて撮影したもの。

白駒池に至る歩道の始まりです。
白駒池は標高2,100m以上では日本最大の天然湖です。白駒峰の噴火により川がせき止められてできた、堰止湖という分類です。
国道から登山道が始まっています。木々に覆われた原生林で昼なお暗い。そして白駒の森は苔の宝庫でした。




歩いてすぐに両側の森の奥まで、地面や立木や倒木を苔が覆っている風景が広がります。苔の種類もとても豊富だとのことです。幻想的です。以前GWに来たときには、一面雪に埋もれていました。年にもよるでしょうが、おそらく5月中は雪が融けないのではないかというくらい残雪がありました。一年で8か月近くが雪の下なのでしょう。そして霧と雨。乾燥しない大地がもたらした植生と思います。そしてこの一帯に生えているスギゴケは通常よりも大きな背丈をもつものらしいです。
また、森の中は、他の森とは明らかに異なる香りがしていました。樹木はオオシラビソ、コメツガそしてダケカンバが大半を占めていましたが、その香りでしょうか。独特なフィトンチッドなのかもしれません。良い香りです。

森の奥まで苔が広がります。立木の密度がとても濃い。細い樹木も多く過酷な環境です。生育は良くないでしょう。巨木にはなりませんね。標高の高い原生林ですから。しかし、美しい。


スギゴケの緑は鮮やかです。

スギゴケはかわいくて好きだな。群生地にきのこか何か生えてました。
数百m行くと、道が分かれています。そこを白駒池には向わず、高見石方面へ進みました。道標に360度パノラマと書いてありましたから。道中40分とか。ゆるい登りです。

登山道の真ん中に大きな樹

オオシラビソの樹はどの樹を見ても、何故か根の辺りが浮き上がっているか、根の下が空洞になっています。根が少々乾燥しているのが好きなのかもしれません。

楓の葉がきれいです。
大汗をかいて登っていくと、高見石ヒュッテに到着しました。標高2,300m。その裏手に突然のように巨石の山がそびえています。ちょっとびっくり。早速取り付いてよじ登ります。


けっこう大変です。ワクワク。

高見石の頂上に来ました。この絶景にはまたしてもびっくり。唐突に林の上に出ましたから。360度見渡せます。白駒池が眼下に。八ヶ岳の丸山と中山そして白駒峰が間近に聳えます。


急な岩を登ったので、高度感が楽しめます。怖い。

○○は高いところに登りたがる。
高見石小屋を見下ろします。しかし、これほどの巨石群は何処から来たのでしょう??これまでの登山道で苔に覆われていた地面の地質とはずいぶん違う気がします。何よりこれらの石は溶岩が固まったような形状ではなく、巨石をまるで切り出したようなきれいな面をもつ多面体の石なのです。これらの石が火山口から空中を飛んで、この場所にドカドカ積み上がったとは想像できません。それより宇宙人がクレーンを使って積み上げたと想像する方が楽です。。。。まるでテトラポットを組み合わせて積んだような立体です。この岩山全部の体積ぐらいの火山岩が噴火で隆起してそのまま固まり、雪や氷雨で急激に冷えてひびが入って、この場で自重によってひびからばらばらに崩れ落ちたのだろうか?滝の裏側などに良く見られるひびがたくさんはいった岩は、溶岩の熱が水で急激に冷めた結果ですが、それに似ているのかもしれません。

こけ丸のかわいいバッチ

渋御殿湯 

http://www.gotenyu.com/

宿は、奥蓼科温泉郷の奥の方。渋御殿湯に取りました。「天下の霊湯」
素晴らしい湯です。源泉は26度の渋御殿湯と、31度で炭酸が湧き出る渋長寿湯の二種類。渋御殿湯を42度に温めた浴槽と3つの湯船を持ちます。何れも硫黄の湯の花が濃く、人が歩くと下が見えなくなるほどで、酸性も濃いです。ピリピリします。
この冷たいのと、暖かいのに交互に浸かるのが奥蓼科温泉郷の特徴なのですが、これが気持ちが良い。
使い込まれ、硫黄が染みついた木の洗い場と浴槽。特に、渋長寿湯は、源泉の真上に湯船があり、湯船の底のすのこの間を通ってぼこぼこ泡が沸き立っているのは凄いです。いわゆるドラゴンウォーターの温かいものですね。
31度は浸かっているととてもとても極楽です。これが自然のままとは!奇跡のようなバランスです。26度は入るときに「エイ!」と気合で入らないと冷たいのですが、浸かってしまうとプールの如くで、これも気持ちが良い。冷えた体を暖かい浴槽に浸すと、ピりピリします。そしてとても温まります。何回も繰り返してしまう。でると汗だくです。
全般的には素朴な宿ですが、山の幸を出してくれます。トイレは水洗ではないですが、排水処理の問題もあるのでしょうからこれで良いのです。綺麗に掃除がされていましたし、山奥の秘湯としてこのまま維持してほしいです。なんといっても風呂は絶品。
小生はバイクのツーリングで、奥蓼科温泉郷の下の方にある渋辰野館にてよく日帰り温泉を利用しているのですが、源泉の濃さは、渋御殿湯の方が数段上です。しかし、アメニティ的には渋辰野館も、とても良いところです。

奥蓼科温泉の道の行き止まり。標高1,800m超のところにあります。信玄の隠し湯とか



夕食。ヒメマスの塩焼き、鯉の洗いや、山菜が美味でした。焼き立てじゃないのはご愛嬌。素朴に作ってくれてます。おいしかった。

八ヶ岳北横岳の絶景

翌朝は、ピラタスのロープーウェイで横岳方面へ行きました。
引続き快晴です。
別名北八ヶ岳ロープーウェイは、すっかりお化粧直しをして、スイス風のデザインで統一されました。シンボルマークを決めて旗などで飾り、ポインセチアの鉢植えを建物じゅうに配し、看板や掲示物も統一。改札や切符売り場、売店等のすべての係員もチロル風の服をきて出迎えてくれます。ちょっと恥ずかしげに制服を着ている山のおじさん達もすっかりいたについて、とても良いと思いました。今までの純日本式山小屋風なのもありですが、質実剛健だけでなくとも良い時代です。何故!スイス?というのは、もともとピラタスという名前がスイスの山の名前を取っているからと想像します。


壁も白く塗装。青空に映えます。旗が楽しげ。

ロープーウェイで一気に山頂駅へ 標高は2,240m ここに坪庭と呼ばれる、溶岩群と高山植物の群生地があり、木道で散策できるようになっています。

案内図

坪庭の風景。多彩な高山植物が群生し何時来ても飽きません。
 北横岳に登ることにしました。坪庭の木道から登山道が始まります。溶岩と高山植物の植生から、白駒池付近と同じ、苔の茂る森に入り少し下ります。雪解け水の流れるであろう沢を超えて、いよいよ山の斜面をジグザグに登り始めます。我々が登り始めたのが9:30頃。登山ブームもあって既に多くの人々が頂上を目指して行きますが、途中で振り返ると下の方からどんどん登山者が登ってきます。こりゃ、早くに行動しないと混んでたいへんです。登ること小一時間、平らな所にでて、北横岳ヒュッテに到着。思い思いに休憩を取る人が多いですが、そのまま頂上へ。ここからは20分程度まっすぐに少し急な登山道を登ると、そこが北横岳頂上です。標高2,480m。

みごとな絶景。八ヶ岳の主峰方面が目の前。快晴でよかった。坪庭も見えます。南方向を見ています。

そのまま右方向(西へ)蓼科湖や、遠景は南アルプス。八ヶ岳の長ーい稜線も美しい。更に右方向には眼下に車山、中央アルプスなどパノラマが広がります。

あたりまえですが、紫外線が強烈です。後ろにちょこっと見えるのは八ヶ岳連峰の北の端、蓼科山
頂上は、涼しいを通り越して、強風にあたっていると寒いくらいです。ロープーウェイ山頂駅の気温が22度と言っていました。一年で最も高い気温だとのこと。ちなみにこの日の東京などは、35度以上だったでしょう。
絶景は見飽きませんが、多くの登山者が頂上目指して登ってくるのを思い出し、降り始めます。しかし、すれ違う登山者は多く、少々時間がかかりました。
これで山を降りて、さあ東京へ帰りましょう。

坪庭の木道に降り、そのまま縞枯山荘へ。ここでうどんをいただく。旨い!
http://www.lcv.ne.jp/~simagare/

山(上部)のオオシラビソなどが縞枯れている様子です。樹齢10年くらいで自然に枯れてしまう現象なのです。

昼でも快晴。

矢印のところが、北横岳頂上です。


2013年8月11日日曜日

スウェーデン旅行記 Aug.2012 その第4回 都市再生と巨大ショッピングモール 

都心部の巨大商業モール


ストックホルムで非常に感銘を受けた現代建築は、商業モールでした。まさしく都市再生のモデルです。
発想の転換。そしてこれほどの再開発をやり遂げる企画力、デザイン力、調整能力、実行力、覚悟、またそれを裏付ける法規等全て本当に素晴らしいと思いました。
ちなみにこのモールの事業主体は、スウェーデンの年金ファンドが運営する不動産会社です。日本なら間違いなく財閥系不動産企業が手掛けるであろう事業ですね。これをスウェーデンでは年金ファンドがやっている。このあたりが福祉主義経済の真骨頂かもしれません。

GALLERIAN メインの入り口のひとつ。ハマンガタン通りに面している。上部に見えるのは街区に複数建っているオフィスビル。

都市の中心部に巨大ショッピングモール!? そうです。ショッピングモールは巨大である必要があります。しかし、そんな大きなモールを建物の林立する都市の中心部に作るには?

その見事な回答がストックホルムのGALLERIANでした。


古地図。中央の矢印をつけた街区が、GALLERIANの街区。左端がストックホルム中央駅。
以下のWikimapiaのURLをクリックしてみてください。現在のGALLERIANの敷地が現れます。
街区には、大きな5棟のビルがあり、そのビルの間を縫ってモールが組み込まれている様子がわかります。

http://wikimapia.org/#lat=59.3313095&lon=18.0678107&z=17&l=7&m=b


床面積の大きな中層ビルが5棟ほど立ち並んでいる一街区にその巨大モールはありました。ストックホルムの中央駅からほど近い街区です。地下から地上2階あたりまでをぶち抜いて作ってあります。そんな施設を作る場所をどこからひねり出したのだろう? 
答えは発想の転換にありました。街区にある既存建物をそのままに、地下(地下鉄駅を取り込み)から地上2階までの空間を拠出させ、巨大モールに作り替えてしまったのです。
つまり、既存ビルの足元に、巨大モールをズボリと差し込めばいいのです。
既存のビルの上階部は、おそらく何食わぬ顔をしてそのままオフィスビルとして使っているのでしょう。


と一言でいっても、作るのは容易ではないでしょう。
技術的には、各ビルはそれぞれ異なる構造である可能性もあり、何より地震のときなど違う動きをするでしょう。インフラはばらばら。階高も違うと想像できます。それを屋根で覆い被せ、地上では空間を魅力的に見せる設計をしなければなりません。
既存店舗やオフィスの立退きもしくは仮移動、権利関係の調整、利害関係の調整、法的な摺合せ、仮設中の補償やら、資金効率の悪化を厭わない投資をできるのか。工事中の仮設計画。それぞれの導線を繋ぎなおす等等等等、気が遠くなるような作業を乗り越えたのでありましょう。
それでもそれをすることによって、巨大な敷地を都市の中心部に捻出し、その場所にふさわしい、人のにぎわう施設を作る。この発想には度肝を抜かれました。


巨大モールの吹き抜け空間。大きいが、一体感を感じさせる。右側の商店街と、左側の商店街はそれぞれ違う建物の下層階を使っている。
2階回廊を繋ぐ橋状のデッキから、モールの天井を見上げてみます。

回廊をめぐらすデザイン処理はきれいです。

足元はひろびろ。カウンターだけの店舗も楽しげです。

巨大ショッピングモールは街の真ん中にあった方が良いに決まっています!

ショッピングモールが大きい理由としては、来店客を如何にしてリピーターへ変えるのか、が解であります。来店客には、「とても全部は見きれない」と思わせる大きさと商量で圧倒するのです。そして、また来たいという空間の楽しさと回遊性を、巨大空間の一体感で表現しなければなりません。それを作るために、商業モールは郊外の巨大な立地を求め、発展していきました。交通手段は車ですね。しかし、それが、都心に在ったら、とあたりまえのことを実現してしまったのが、このモールです。

この場所は、もともと15世紀のブルンカベルグの戦いがなされた古戦場だった場所で、長らく人が寄り付かず、街の中心部に近いながらも開発が遅れていた場所ではあったようです。
その後大きなオフィスビルが数棟建てられ、1976年にはそのビル群の谷間を縫ったようなアーケード街が作られ、GALLERIANの前身のような大きな商業施設が作られていました。
更に2011年に現在の形に再開発され、素晴らしい空間に蘇りました。

但し、ここはスウェーデン。
商業施設の巨大集積地であっても、どの店もカジュアルな物を売っていて、高級店と思える店は皆無です。それぞれ尖がってはいるのですが、少々日本人の小生から見るとメリハリがかけているように見えます。
国民性ですね。お堅い窮屈な歴史があるような高級ブランドは、そもそもスウェーデン人は好きじゃないのです。自由な感じが良いようです。


街区の全体の外観。建物の間がモールの入口。右側の道路はレベルの異なる幹線道路で、多くのバスがこの施設にアプローチしていた。この道(建物の3階になる)からもモールの入口は開いている。
建物と建物の間から地上に出る処理のひとつ。

違和感はないです。


道路の足元からの入り口

道路の下に位置する喫茶店。奥のコンクリートの壁状に見えるのは、道路を支えている橋脚。

反対側のグランドラインの入口の一つ


こちらも、ビルとビルの間

ガラスの箱で処理している。


大きな広場にも街区は面しています。

ビルの一階からの入口の処理。
このように外観を見ていくと、ただの少し古いビル群に見えると思いますが、その足元に広がる空間が素晴らしい商業施設になっているという都市再生の1例でした。