2011年12月14日水曜日

2011フィンランド その3 教会めぐり

今回は、訪れた教会について書いていきます。
宗教建築は、宗教の意味、歴史、行事、しきたり、時の権力者との関係などをまさしく体現する存在であり、祝祭や祈りのための空間を如何に構成するかに工夫が凝らされていて、それを読みこんでいくことが面白い建築であります。またそこで行われる行事等と合わせてみると感動が増します。
今回はミサに参加できたり、結婚式に遭遇したりということがあったので、単に建物を見た以上の経験ができました。建築探訪とは別に、教会だけひとくくりにしてみました。

ちなみに我が家の面々は、
小生が、仏教徒(浄土宗)。妻は実家が神道だった。娘は特に洗礼を受けているわけではないですが、幼稚園はカソリック系に通い、小中高とプロテシタント系の女子校に通い(本当に日本人は宗教的に節操がないですね・・)キリスト教儀式には一番詳しくはあるのですが、言ってみれば全員キリスト教とは異教徒ということになります。

1.ロヴァニエミ教会
http://www.evl.fi/srk/rovaniemi/

福音ルーテル派の教会
ルーテル教会はプロテシタントの流れの会派の一つであり、発祥の地ドイツをはじめ北欧の諸国はでは国民の大半がルーテル教会を信奉しています。
このロヴァニエミ教会はラップランド戦争により、1944年に消失しましたが、1950年に再建されました。
ロヴァニエミ市街のすこしはずれ、市役所等に近接しています。
ロヴァニエミで一番高い建物なのではないでしょうか。
教会の裏手にはラップランド戦争で亡くなった戦士の墓地があります。
我々が訪れたときは、教会建物は閉まっていて残念ながら中には入れませんでした。

午前11:00頃の低い太陽が朝焼けとなり、窓を通して美しく見えます。

正面入り口

大屋根は2005年に銅版が葺きかえらました。

庭木がクリスマスツリーのようです。


教会裏手の戦士たちの墓地

2.ヘルシンキ大聖堂
http://tuomiokirkko.kirkkohelsinki.net/

ルーテル教の大聖堂。1727年建立、1852年カール・ルードリッヒ・エンゲルの設計により増築。
ヘルシンキの港にほど近い丘の上に堂々と建つ白亜の大聖堂。
周辺はヘルシンキでも古い建物が多く重厚な町並みで、現代風でスノッビーな下町とは違う地域。

我々は日曜日の朝に訪れたので、ちょうどミサが開催されるところでした。万人が参加できるようだったので、ありがたく式次第を頂戴し着席させていただきました。内部は広大なホールで、朝日を受けて神々しく明るい空間でした。髙い天井から巨大なシャンデリアが釣り下がり、入ってきた入口を振り返ると、上部の壁一面に壮大なパイプオルガンが敷設されていて、しばらく見惚れました。まわりの方々はミサのために着飾った高齢の方々が多く、伝統を守る敬虔な信者と見えました。生れたときからずっと毎週日曜日に教会に通っているのでしょう。若者もコンサバーティブな人々の集まりで、町中とは全然雰囲気が違います。しばらくするとミサを執り行う一団が旗を掲げながら入場して来ました。真ん中の通路を静々と祭壇に進みます。本日の祈りを述べたりというミサに参加する信者の方々が先頭から10人程度つづき、その後ろに牧師が歩みます。牧師は若く、鶯色のマントを着用していましたが、ピアスをしていました。その辺は現代風なのでしょうか。その牧師が朗々と教会内に響き渡る歌に載せて始まりの言葉を述べ、ミサが始まりました。あらゆる宗教では司祭が素晴らしい歌唱力を見せますが、ここの牧師の歌唱も素晴らしいものでした。式次第に従って祈りの言葉や聖書の朗読や讃美歌が続いていきます。当たり前ですが全てフィンランド語なので、内容がわからなかったのが残念ですが、荘厳なオルガンの響きを全身で聴き、出席者が歌う讃美歌に身を委ねこの儀式の素晴らしさに包まれたのでした。貴重な経験でした。最後には飲み物のサービスもあるようでしたが、ミサは午前中いっぱいかかってしまいそうなので、貧乏暇無しな旅行者は恐れながら途中退席をいたしました。すみません、無礼な異教徒をお許しください。

晴天の日曜日朝 丘の上に建つ教会へミサに通う人々

屋根の上に12使徒が乗っています。
柱はコリント式、三角形の切妻が美しい。

内部での撮影は遠慮したので、祭壇の写真を借りてきました。 

パイプオルガンの写真も借りてきました。
下の方に入口のドアが少し見えます。

翌日港側から遠景で。クリスマスツリーが出されています。
建物は十字形の平面なので、各面のファサードはほぼ同じです。

大聖堂前の広場にはロシア皇帝のアレキサンダー二世の銅像があります。
ロシア統治の時代のものを残してあるのですね。

広場を港方向に向けて見ています。

3.オタニエミ教会

ヘルシンキ工科大学の構内にある学生のための教会
1954年に行われたコンペにより一等当選となった、ヘイッキ&カイヤ・シレン夫妻の設計作品。学生たちの寄付金集金並びに建築により建てられたもので、礼拝堂と集会場を合わせても260席という小さな木造の教会。1956年のクリスマスに完成したが、1976年に放火により焼失、その後原設計のまま再建され現在に至っています。数奇な歴史があるのですね。ヘルシンキ工科大学というと、アルバー・アアルトの建築群が有名ですが、そのキャンパスの中にひっそりと建つこの美しい建築は、その存在感で大きな気品をキャンパスに与えています。木造のシンプルな架構と前面の大きなガラス窓があります。そしてそのガラス窓の前に、この教会のシンボルである白い十字架が木立のなかに屹立していて、人々はそれを真正面から見て着席するのです。
我々が訪れたとき、ちょうど結婚式の最中でした。ご年配のカップルで、各々のお子さんやお孫さんともみられる数名の方々とのこじんまりとした式でしたが、素晴らしかったです。パイプオルガンの演奏とピアノを弾きながらの讃美歌歌唱を女性がこなし、我々はというと、入り口わきの控えの椅子で見せていただきました。小さいながらパイプオルガンは良く響き、木立に立つ十字架と相まって感動的な時間を過ごすことができました。
この建物からインスピレーションを受けて、安藤忠雄は水の教会を設計したと言われていますが、はっきり言って完全なパクリです。

全景 車は結婚式を挙げたカップルのものだったのですね。

礼拝堂。木の架構が大屋根を支え前面がほとんど部屋の幅いっぱいガラス窓
背後の高窓からも光が座席に降り注ぐ

木立の中の十字架を見ながら礼拝をする。


ガラス窓を背後にした祭壇 十字架を背負っています。
季節や時間によってさまざまな見え方になることでしょう。

雪の季節にも見てみたくなります。 

小さいながら建物中に響き渡るパイプオルガン

図面

4.テンペリアウキオ教会
http://www.temppeliaukio.fi/index.htm
福音ルーテル派教会 ヘルシンキ市中心部テンペリアウキオ地区にある。
1961年に実施された建築コンペにてスオマライネン兄弟の設計案が当選し採用された。予算の都合上当初設計案より規模が縮小され1969年に竣工した。ヘルシンキの地盤は岩であるとこの旅行記の第一回目に記載しましたが、まさしくこの教会は街区全体にも及ぶ大岩を真下にくり抜き掘り下げて床と壁を作り、その上に集成材でできたドーム型の屋根をかけ、ドームの周りを鉄骨のルーバー状のハブとガラスで繋いだものである。ドームの外側は銅版で葺かれている。壁は削岩機の跡が残る自然石がむき出しで、荒々しくも美しい肌を見せている。ガラス天井からは豊かな光が差し込み空間の神々しさを演出している。岩の洞窟に入ったような空間であるため、静寂に包まれている。また、置かれている椅子の座面は紫色で、色彩感覚の豊かさにも感動する。
我々が訪れたときには、ちょうどパイプオルガン奏者の練習が始まったところで、素晴らしいサウンドが全身を包んだ。ヘルシンキの街中なので観光地としても有名な場所であるが、皆、荘厳な空間に打たれるのか、しばらく椅子に座りこんでそれぞれに時間を過ごしていく。

教会の全景小高い大岩がもともとの敷地

大地の懐に入っていく

礼拝堂に入ると正面が祭壇。周りのガラス天井から柔らかい光が降り注ぐ。

パイプオルガン 岩をくりぬいた空間は素晴らしい音響空間であった。



紫色が美しい椅子

燭台 岩肌が建物の内部とは

天井の美しい集成材

パイプオルガンも岩に埋め込まれています。


写真を借りてきました。

周辺の建物

教会が一街区を締めている。

断面図

番外編 フィンランド正教会

港に近く、ヘルシンキ大聖堂からもほど近い場所に建つ。
見る時間がありませんでした。
遠景のみ貼ります。


第三回はこれにておしまい。
次はいよいよ建築探訪をして行きましょう。



0 件のコメント:

コメントを投稿